Buenos Aires, a Paris in South America
明日はひな祭り。札幌もこの2、3日気温が上がり、積み上がった雪の山がすこしづつ溶けだしている。春がもうそこまできている。
2413 たどり着く地球の裏のアルゼンチン異国の春の紫の花よ
Managed to arrive over to
Argentina on the far back of the earth
Where, exotic purple flowers are blooming on the spring streets
日本とはちょうど地球の裏側にあたるアルゼンチンでは8−9月が春である。イグアスで開かれた会議のため、2002年8月にロス経由でブエノスアイレスにたちよった。ブエノスアイレスの街には、いたるところに紫の美しい花をさかせる街路樹ジャカランダが植えられている。春の花なのだ。その花をこの時期に眺めると、ここがはるかはなれた南半球なのだと思いしらされる。日本から乗り換えもふくめて40時間、ロスを飛び立ったあともアマゾン越えの長旅の末、やっとたどり着いたのだと。
紫の花を咲かせた街路樹のジャカランダ、まるで日本の桜並木のよう
Jucaranda with purple blooming on the street. They seem to be Cherry Street in Japan
ブエノスアイレスにあるアルゼンチン最古のカフェ・トルトーニでその雰囲気を味わいながらコーヒーをいただいた。トスカニーニなども常連客だったという
The oldest cafe in Buenos Aires, Cafe Tortoni, where musician Toscanini was said to be a regular visitor when he visited the city
2414
まちなかで
踊るカップル幾組も
リハーサルやら気晴らしなのやら
On a downtown Florida street.
Many couples are dancing
Don't know
Rehearsal or just a pastime ?
ヴェノスアイレス(人口400万の大都会)は南米のパリと言われるだけあって、中心部のフロリダ通りなどは、まるでパリの裏道を歩いているように、賑やかで、ヨーロッパの香がする。カフェテラスや大道芸人、ブティックなど、街のそこそこでタンゴを踊っている。タンゲリアというタンゴレストランや、カフェがたくさんあって、どこからもタンゴの音がきこえてくる。ラ・ベンタナというタンゲーリアで、メンドーサワインを飲みながら、タンゴのおどりを見た。
タンゲリーア、食事をしながらタンゴを鑑賞できる劇場つきレストラン、町中にはいくつもあって、それぞれに賑わっているようだった
Tangueria: There are many in downtown area where tango can be enjoyed while drinking and eating
「エビータ」の映画の場面にもなった5月広場にある、カサ・ロザータ(ピンクの館)やレコレータ墓地にあるエバ・ペロンそのもののお墓にも行った。何千とある邸宅様式のお墓の一つが彼女のだけど、墓地でうろうろしてたら「エビータか?」って聞かれ、そこにいた人が連れてってくれた。ともかく彼女はいまでもすごい人気で驚いた。孤児から女優、大統領婦人となったエバだからだろうけども。
レコレータ墓地にあるエビータの墓、この前までくると、霊気に敏感な家人が、突然金縛りにかかったようにうごけなくなったのには驚いた。エビータの霊はまだこのあたりに漂っていたのかも
The grave house of Evita in the Recoleta graveyard. Coming to a front of the grave, my wife sensitive for spiritual air
suddenly couldn't move with body bound. A soul of Evita might be being still wandered around there.
2415
廃港に浮かぶ荒ぶる帆かけ船
タンゴ発祥
カミニート部落よ
A broken sailing boat in an abandoned harbor,
The Place where Tango originated
The place where people call Caminito
当時アルゼンチンでプレイしていたサッカーの高原選手はむこうではどこでもタカハラ、タカハラと大変な人気だった。ヴェノスアイレスのボカ・ジュニアースというチームだったが、たまたまそれとは知らず、このボカを訪れた。ボカはヴェノスアイレスの下町というか、古い港町で、あのアルゼンチンタンゴの発祥の地。港の船ばかりを描いていた、キンケラ・マルチンという画家が、このボカにカミニートという芸術村をつくっていて、いまでも芸術家が集まって、創作活動をしている。
ボカの港,Boca Harbour
タンゴのメロディと情熱的なダンスはこの街の酒場で、船員と港の娼婦とのふれあいみたいなところからだんだんその形ができていったらしい。どうりでメロディに哀感が漂い、動きが激しいわけだ。港のボカ美術館にはキンケラ・マルチンの絵がたくさん飾ってある。かれはトスカニーニともパリで友達だったみたいで、こんなところにトスカニーニのピアノが置いてあってビックリした。世界は一つである。
カミニートの芸術家部落、その街頭で一枚タンゴの絵を購入したが、何処にしまったのか見当たらない
The Artist Village of Caminito. A picture of the tango dancing was bought there, but it isn't found now anywhere
この時はまだ景気も悪くなく落ち着いていてアルゼンチンの繁栄が続いていた時で、あの訪問のあとすぐにフォークランド島の領有をめぐるイギリスとの戦争勃発や経済危機で混乱が続いた。今はまた落ち着いたのであろうか?