334、オスマン帝国:柔らかい専制(イズミール、イスタンブール紀行 3) |
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2015年 07月 19日
モスク建築などの強烈な印象から、イスラム文化やオスマン帝国の問題を、少し美的、感覚的に捉えようとしてきた。では、統治組織としてのほんとうの帝国の姿はどうだったのだろうか? 最近になって、史料などを駆使して学問的にオスマン帝国を分析したイスラム歴史学者である鈴木董さんの本「オスマン帝国ーイスラム世界の”柔らかい専制”」という新書を読むことができた。こうした本に目を通すのは、20世紀末に出されたハンチントンの「文明の衝突」以来である。20年前ハンチントンの予言したイスラム文明と西欧文明のぶつかり合う世界の姿は、今もあまり変わっていないし、むしろその様相は強まっている。 1668 イスラムを 無視して語れぬ近未来 今に繋がる世界のながれ 著者によると、オスマン帝国の統治は、人材登用、官僚制度、軍組織、他宗教対策、多民族政策などいずれをとってもかなり良くできた専制体制で、それだからこそ600年も超えて継続してきたというのだ。 自分も感じていた、宗教的には,十字軍のキリスト教よりはるかに寛容だったのではという疑問に、著者も「世間の常識とは異なり、まさにそうだった」と断定している。もちろんイスラム法との競り合わせでいろいろな政治的弾圧はあったようだが、それはどこの世界も同じだろう。著者は、その専制を「柔らかな専制」とよんでいて、その統治システムは、同時代の西欧に比して柔軟性があり、極めて効率的であったことを史料に基づき実証しようとしている。 オスマン帝国の最盛期16世紀のスルタン、スレイマン一世 それにも関わらず、ではなぜ、遥かに硬直していて、しかも「後進性」の西欧社会に遅れを取り、20世紀にはあれほど弱小になってしまったのか?この著作ではその疑問には十分答えてくれてはいない。 この事を少し自分なりに考えてみた。 西欧は、硬直して非寛容なキリスト教会の支配する社会だったからこそ,それに対抗するために、強靭な精神を鍛え、それがルネサンス運動や宗教改革、その後の科学の興隆(ガリレイやデカルトなどの先人科学者)や産業革命を生み出し、民主主義を作り出してきたという歴史のアイロニカルな弁証法が働いたのではないだろうか。 一方、比較的寛容な「柔らかな専制」のイスラム社会では、精神的にはイスラム法の縛りがあまりに強かったせいもあろうが、その「柔らかさ」が逆に、そうした強靭な精神力を生みだすバネとなれずに、そのため宗教改革も、科学技術も,民主政治体制も発展しなかったのではないか?と考えたりしたがどうだろうか? トルコ独自のサイエンス、たしかにあまり聞いたことがない。トルコ人の海外で活躍している科学者はもちろんたくさんいるのだが。旧市街の真ん中にあるイスタンブール大学も古い歴史を持つ立派な大学なのに、サイエンスはどうも弱かったようだ。しかし、最近になってようやく国の産業振興と絡めたサイエンスへの投資が本格化してきて、今回訪問したイズミールはまさにその中核拠点となっている。 1669 ナチスから逃れし学者 かくまひし学舎に漂ふ 寛容の気風 (第2次世界大戦中ナチスにおわれた著名なドイツの学者たちが、その受け入れに寛容なイスタンブール大学に避難してきて、そこで研究したり教鞭をとったりしていたという)
by yasuiga4519h
| 2015-07-19 05:09
| 海外紀行(2、アジア)
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