652、ハラリの新著「ホモ・デウス」に違和感 |
ホモ・サピエンス全史に続くハラリの新著「ホモ・デウス」を購入して読み始めたが、なかなか読み進まない。それは、その主張についていけないばかりか、その話の展開に違和感を募らさざるを得なかったからである。初めの著書であれだけ強い印象を与えてくれた同じ著者が、その続編では大きな失望感。「才人、才能に溺れる」というか、するどい分析の独創性が一人歩きして、いささか勇み足ではないのか。少なくとも自分にはそう思われる。
A new book of Harari "Homo Deus: The Future of Technology and Science"
1、生命はデータ処理のアルゴニズムで生きている。それがデータ処理のコンピューターと同じ原理である。
2、意識をもたないAIは そのデータ処理能力によってやがて意識を持つ人間の知能を追い抜き、AIが人間を支配するようになる。
こうしたハラリのバイオサイエンスやAIやデータ情報学の一面的な理解がどうにも気にかかる。そういう考え方や主張がない訳ではない。それは多くのなかの一つの考えなのに、たとえば、「生命科学は生き物はアルゴリズムであることをあきらかにした」「人間の不老不死化は可能だ。生命科学はそこに向かっている」「人間の幸せは脳の生化学的反応に対置できる」とか「AIは近々人間の知能(どんな種類の知能?)を追い抜く」などと極めて断定的に記述されると、自分も含めて多くの生命科学者は、AI学者も同じだろうが、こんな断定をきけば驚きを隠せないだろう。
生命科学も、生命の進化や人間の理解ということでは分からないことばかりだし、AIハイプ(空騒ぎ)が過ぎつつある現在、AIのできる機械学習は、いまのところ極めて限られた範囲に限られている。つまり、計算、音声や視覚のパターン認識、自動翻訳、ロボットや自動運転、ゲームのアルゴリズムなど比較的単純なレベルに限定され開発されてきていて、思考したり、創造できるような「人間のような人工頭脳」は全く手が付けられていないのだ。そんなAIがいくらビッグデータを操れたとしても人間を支配出来る訳がないと思うのだが、、
優れたデータ統計科学の専門家であるアメリカのMichel Jordanは最近「AI、その革命はまだ起きていない。そして起きそうもない」というエッセイで、AI革命のパイプ(誇大宣伝)で振りまかれている一部の幻想を批判し、今求められているのは、人間をコントロールする人口頭脳 AIではなく、人間の判断力にコントロールされながら人間の知能と創造性を拡張できるサービスのためのIA(Intelligence Augmentation) であり(例えばネットのデータサーチエンジンのようなもの)、そのためのコンピューター処理とデータ処理のインフラ造り II(Intelligence Infrastructure) であると述べている。実に的を得た意見だと思う。あくまで人間のためのAIテクノロジーという基本を忘れてはならないということだろう。
2669
この世紀
誇大期待のエイアイに
踊らされずにその頸掴め
Being in this century when
The AI power is given an exaggerated expectation
Without being fooled by IT
Grasp the neck of IT
人間は意識、意図と心を持った生き物である。ハラリも認めているようにこれらは人間を支配している(とハラリのいう)データ処理のアルゴリズムとどういう関係にあるのかも全く分かっていない。
さらに気になるのは、現在の医学が治療よりも、よりよきもの(不老不死、安楽)への作り替えのほうに重点が移ってきているという主張、遺伝子改変に成功しデウスとなった超人と大多数の無用者階級などに分かれるというかっての選民思想を思わせるような表現、ビッグデータが神になるという予測、など全くついていけない不用意な記述が最終章に向かって繰り返され どんどんヒートアップしている。 たぶん情報産業のトップ企業GAFAの投資で研究を進めている一部の学者の考えを鵜呑みにしているのかなと疑いたくなるほどだ。少し前に、分子生物学の隆盛で遺伝子絶対主義のような考えが世を風靡した時に書かれ、世界的なベストセラーとなったリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」ような運命にならなければと思う(勿論いまでもその崇拝者はいる)。
ルイ・ブラウンの物語、「ダ・ビンチコード」や「天使と悪魔」のように、なにかSF小説のようなジャンルの読み物として読むならば、優れた頭脳によるするどい洞察もあり、それはそれで面白いのかもしれない。あるいは、第2次大戦後の統制社会の到来を批判するために書かれたジョージ・オーウェルの「1984年」でビッグ・ブラザーを登場させた小説のような警告を込めてビッグデータの恐怖を書いているのだろうかとも考えたが、そういうネガティブな書き方でもなさそうだ。
2643 (再録)
乞ひねがふ
科学見据えつ,たじろがず
人の理(ことわり)しめす哲学
Looking forward eagerly
A new Philosophy showing the Humanity profoundly
After catching the recent scientific fruits
But without shrinking back on them
Flower ensemble of a chocolate cosmos and a rose. A stock of chocolate cosmos was spread this year at the garden. But a root itself withers up by the winter coldness in Hokkaido. I moved it to the pot and put into the house during the winter